発想の転換

震災後一カ月が経過して現地では自衛隊はじめ、
さまざまな支援団体もたずさわっているのに復旧、復興のきざしが見えない。
道路や鉄道も徐々に戻って来ているけれど
人々の暮らしは不便なまま。

とても気がかりです。
そして、安全な所にいて何やかやと言うのも気が引けるけれど
やっぱり何だかな~と言いたくなるよ、菅さん。

福島第1原発事故の国際評価尺度が「レベル7」に変更されたと言う。

それなのに、
「原子炉は一歩一歩安定化に向かっておりまして、放射性物質の放出も減少傾向にあります。全力を挙げてこの対策を進めてまいります」

チェルノブイリの大事故通り越して深刻な状況になってるって評価されたのに説得力がないやん。
そのくせ、今ごろになって自粛しすぎるなとは。
庶民はとっくに、支援する側がそれじゃいけないって行動してるんだってば。

おまけに計画避難せよ……。
計画避難を謳うんなら、原発の事故と同時にその必要性を説いておけなかったのかなあ。

その土地で生産的生活をしている人々も不安でいっぱいだろうに
「原子力発電の安全性を求めるとともに、クリーンエネルギーに積極的に取り組んでいく」と。

何だかなー。
被災地の人々の気持ちと全くズレてるようにしか見えない。
原発って言い換えれば落とし前を次の世代にしてもらわないとならないものなんだよねぇ。
未来の人たちを傷つけていいのか。
重たい課題なんだな。

人命第一って、
その土地で生産的生活をしている人々にとっては
土や水、空気、生き物もすべて含めたものが命なのではないだろうか。


「前を向いて進んで行かなくちゃ」
奮いたたせている人々も多くいる。

「何もかも失くして、生まれ故郷まで」
その陰で落胆している人もいる。

何もかも流された町の光景を見て思い出してた。

『夜と霧』を読んだ時、
絶望している人間に生きる意味を問うのではなく
生きることがわたしたちから何を期待しているかと問いを
方向転換することだというフランクルの考えに感嘆したことがあった。

支えて行きたいと願うなら
逆の発想で問いかけていかないといけないのかもしれないな。
それは己自身に。







余震が多いせいか
ここ数日、留守番のときはいつもハウスインのパピィ。

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