新しいバンダナ

このところ、パソコンの処理能力が極度に遅くなってて
CPUの問題なのか?
ぱー子ちゃんがやたらとデスクトップにワードの文書を置きすぎてるのか?

そうこうしているうちに
グダグダした下書きがそのまんまになっていた。
訪問の日のが

おまけに記録係、先週の訪問記録もまだリーダーに送っていない。
てゆうか、まだ書いてなかった。

メモ見ても思い出せないかもしんない・・・困った(/_;)
きょうも意欲が出ない・・・ほんとに困った。^^;
明日にしよ~っと

こっちでぐちぐちしてたら記録の意欲が出るかもしれない。
続きしてみるか。

で、つづき(笑)

めずらしく止まっているヨーキー軍団

12歳だっけ?
高齢になったまめちゃんですが
獣医さんに、17歳までは大丈夫!と太鼓判を押されたおねえさん。
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ミック~
めずらしく、始まる前に全身像が撮れた。
全身といっても、こんだけ。^^;
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ちっこいけど、ちっこいから?
他の犬の動きをよく見てるんだな~。
新米のシリウスの後見犬役でした。(笑)

他の犬たちは、始まる前はちょこまかと動き回って
止まってる暇がない。

シリウスは大きいからと捕まえられてしまうのだけど
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大きなシリウスとちびっこたちで何かおもしろいことができそうだよな~。
なにか考えとこ。


この前は、新しいバンダナをいただきました。
しかも、リバーシブルで名前入り!おお!
何だかすごいことしてるワンちゃんみたい。
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前のは、柄物に名前だったのでわかりずらかった。
こっちは、すぐに「パピィ」とわかる!

着けてるとグルグル回っちゃって名前が見えなくなるんだけどさ~。
でも、字が大きいと膝の上にのっけたまま
「パ・ピ・ィー」と読んで覚えてくれたりすることもあるので
なかなかじゃないでしょうか。

このバンダナは、ある訪問先の入所者さんからの贈り物でした。
贈り物といっても遺志。

特養に入る方は、言いかえれば終の棲家となるわけで
持病が悪化すれば入院ということもあるでしょうが、
人生を閉じるときもたいては施設の自室となる方が多いかもしれません。

たいそう犬が来ることを待ちわびて
訪問活動日を楽しみにされていた方がいたようです。

その方が亡くなられたときに、訪問犬が来ることを楽しみにしていたからと
荼毘に付すときに花と活動犬の写真でいっぱいにして見送ったのだと言うことを
聞いてはいました。

決して派手な活動ではないけれど
終焉は安らかだったのだろうなと光景を浮かべることができました。
わたしがぼんやりと思い浮かべていた理想とも言えると思った。

そして、その方の遺品として残されたおこづかいを訪問犬のために使ってもらえるようにと
寄付されたお金でバンダナを製作させてもらったということでした。

話を聞いたときに
わたしも、そんな風に美しい閉じ方をしたいなと思いました。
スタッフがその方をお送りするときに
旅立ちのときに心細くないように選んだ物が
訪問活動でふれあった犬たちの数々の写真・・・

入所者さんやスタッフ、ハンドラー、そして犬たち。
細々と地道に続けてきた結果が人と人を結びつける、
そして、その関係に大きな貢献をしてくれた犬の笑顔。

入所者さんの生活が変わるようなことなどできるはずはないのはわかっていても
それでも、月に一回の活動で、何ができよう。
ほんとは何もできやしない。

老いて自分で出来ることが段々と少なくなってくる。
新しいことは記憶から弾き出される。
そして、家に帰ることは、もう不可能。

そんな状況で将来への希望など持つことはしない。
一抹の不安に押しつぶされないようにと、ただ、それだけを願っているのではないか。
だから、犬が訪れたときにふっと見せてくれる表情。
それが、すべて喜びの顔でないこともある。
怪訝な顔だって、当然ある。

だけど、困惑した顔でも
もしかしたら、犬の存在によって自分の心を動かそうとしている・・・
この先の状況は変わらないかもしれないけれど、心の平和を得ることはできる。

高齢になったり、ましてや認知症状が出てきたら
うまく相手に伝えられないことの方が多いのだろうけれど
それでも、これから先の安寧を望もうとしているのではないか。

そんな風に考えたら
喜ばそうとすること自体、邪道になるのか?
とか思ったりもするんだけどね。^^;

でも、こういうことを続けていくと
いろんな人生を見聞きさせてもらって、やっぱり感激することの方が多い。
だんだんと、自分が終焉を迎えるときのことも考えておかなくちゃな~と思ったりもする。

たとえ、認知があって傍からはわけがわからなくなったように見えても
過去の記憶の中に生きている人が欲しているのは、煌めくような希望ではなくて
安寧なのじゃないか。
そう思えることがちょくちょく出てきた。

じっさいの活動中は思わず笑ってしまうことが多いんだけどね。
何かねぇ、これって自分の先も想像できるようになったせいなのか?(爆)

だって、二十歳くらいのときは
自分が40になったときのことや老人になったときのことって
まったく想像できなかったよ。

若い頃は、老いていくに従い精神も枯渇していくんじゃないかと
大きな勘違いもしていたと思う。
けれど、活動の終わる頃には自分の体がじんわりと暖かくなってくるのを感じる。
己の体の中で血液が生気を取り戻したような・・・

あれ?
ちとアヤシイ表現になってしまったか。^m^

それまで心の底にしまっていた不安や心配事が
小さなひとつの出来事がきっかけで心が軽くなってしまう。
それまで気に病んでいたことが、じつはどおってことなかったんだねと
思えるような・・・
そんな感じと言ったらいいのかな。
ぼんやりと思ってしまっていたんだ。

あいかわらずクドイな、自分。(笑)

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